東宝スタジオ
21世紀に入り、映像メディア業界は新たな局面を迎えています。DVDの登場、テレビのデジタル放送開始などに伴い、映像ソフトに対する需要はますます高まるばかりです。
映像分野におけるデジタル技術の進歩には目を見張るものがあり、作り手、ユーザー双方の環境は激変しています。映像文化そのものが大きな変革期を迎えているといってもいいでしょう。
「映画の工場」として、これまで多くの名作を世に送り出してきた「東宝スタジオ」も、この時代の大きなうねりの中にあることは言うまでもありません。
今回の「映画業界について」では、こうした時代に対応するために、新しく生まれ変わった「東宝スタジオ」について、その歴史を踏まえながら解説したいと思います。
○東宝スタジオ概略
東京・成城にある「東宝スタジオ」は、日本映画界において数多くの名作を世に送り出してきた、歴史と伝統を併せ持つ国内最大級の映画スタジオです。
創立は1932年。写真化学研究所(PCL)の設立がその前身です。
以来、黒澤明、成瀬巳喜男、など、日本映画史に名を残す名匠の作品の多くが、この東宝スタジオから生まれました。
「日本映画の黄金時代」と呼ばれる1955年前後は、年間30本以上もの製作本数を誇り、東宝スタジオは大規模な設備と数千人のスタッフがフル稼働する、まさに「映画の工場」ともいうべき活況ぶりでした。
しかし、“娯楽の王様”として君臨した日本の映画産業は、1960年代に入ると「テレビの登場」により大きな曲がり角にさしかかります。テレビが家庭に普及し、娯楽が多様化していく一方で、映画人口は減少し、ついには“斜陽産業”とまで言われるようになりました。
○映画製作から、配給・興行へのシフト ~スタジオの長い冬~
こうした情勢のもと、国内全体の邦画公開本数も、1960年を境に減少の一途をたどります。
現在のように「製作委員会」方式もなく、二次利用のバリエーションも限られていた当時は、製作会社が全額出資し、劇場公開することで製作資金を回収するほかありませんでした。つまり、当時の映画製作は現在よりはるかにリスクの高いビジネスであり、しかも「作れば当たる」時代は既に過去のものとなったわけです。
そこで東宝は、ある程度のヒットが見込める作品以外の映画製作には手を出さず、配給・興行に重点をシフトするという経営戦略を採りました。おのずと東宝の自社製作本数は減り、東宝スタジオは運営の見直しを迫られました。スタジオの諸施設を他の映像製作関係者にレンタルして収益を上げることは勿論、広大な敷地の一部を用途変更したり(「スタジオ構内地図」をご覧になればわかるように、隣接してスーパーマーケットがありますが、これもその一例です)、人員削減を行うなど、規模を徐々に縮小しながら、新しいあり方を模索しなくてはなりませんでした。
東宝スタジオにとってこの長い冬の時代は1980年代まで続きます。
○吹き始めた「追い風」~コンテンツホルダーの時代へ
しかし、1990年代から今世紀にかけて様相は一変します。CS放送開始によるテレビの多チャンネル化、インターネットの爆発的な普及などにより、映像ソフトに対する需要がかつてない高まりを見せ、特にシネマコンプレックスの登場は、映画という映像メディアにとって、またとない僥倖(ぎょうこう)となりました。
こうした映像コンテンツへの需要の高まりはすなわち、その著作権に高い資産価値が生じることを意味します。劇場公開、テレビ放映、ビデオ/DVD、関連本、キャラクターグッズなど、優れた映像コンテンツは無限にビジネスチャンスをひろ拡げていきます。現在では、いかに優良な映像コンテンツを生み出し、その権利を確保するかがメディア関連企業にとって最重要課題であり、映像コンテンツビジネスは、商社等の他業種からも積極的な投資が行われるほど有望な市場と見られているのです。
○映像製作の拠点を目指して
東宝は、こうした時代に勝ち残るべく、再び自社製作に力点を置く方向へ舵を切りつつあります。また、「映画業界について:製作委員会」でも述べたように、他社製作の映画に対しても積極的な出資を行い、権利の確保に努めています。
映像製作の場を提供する東宝スタジオにとって、この時代は歓迎すべき「追い風」であり、新しい映像製作の拠点として確たる位置を占めるための大きなチャンスといえます。

こうした流れを受け、2003年2月、東宝はスタジオ内に新しい特大ステージ(新・No.7ステージ)を完成させました。新しいステージの建設は実に41年ぶりのことです。
加えて、スタジオ内無線LANなどインターネット環境を整備したほか、ハリウッドのメジャースタジオと比べても遜色ないレベルの最新デジタル機器を導入しました。
2004年には「スタジオ改造計画」として大規模な再開発に着手し、2005年にCM撮影専用のNo.11・12ステージ、2006年にはNo.10ステージに加えキャストルーム・レストランの集合棟「アクターズセンター」とスタッフルームの集合棟「プロダクションセンター」、2007年にはNo.3・4ステージが完成。さらに、2008年からスタートした第2次改造計画により、新No.5,6ステージ、スペシャルメイクセンター、プロダクションセンター2等の付帯施設、米ワーナー・ブラザース・スタジオの協力と、ハリウッドメジャースタジオの多くを手掛けたスペシャリストにより設計された世界最高レベルのダビングステージを有する仕上げ施設・新ポストプロダクションセンターが2010年に竣工。足かけ8年、総額100億円を投じた大改造計画がついに終了しました。この大改造計画により、スタジオの実に90%以上の施設が建て替えられ、ステージは8棟、付帯施設は11棟の新築と、さらに光ファイバー網の敷設等インフラ等の機能更新も推進。東宝スタジオは、企画開発のプリプロダクションから、仕上げのポストプロダクションまでの一貫した生産ラインを提供できる東洋随一の近代スタジオに生まれ変わりました。
生まれ変わった東宝スタジオ。それは、この新しい時代に、東宝が再び映像製作に力を注いでいくことを内外に“宣言”するものであり、また、映像製作の一大拠点を築こうとする強い意思の表れなのです。



